10・20・30・40
市長選挙の頃だった。
候補者の応援に駆り出された私は、ある公民館でその候補者の話を聞いたあと、
仕事に戻るために建物の外に出た。
いわゆる動員というやつだ。
出たところで「イマイくん、ひさしぶり」と声をかけられた。
振り返ってみると、立派な男性であるが、知らない人だ。
なぜかニコニコしている。
ひと間違いかと思ったが、そもそも私を名前で呼んでいるのだ。
近づいてくるので、必死になって思い出そうとしたけれど誰だかわからない。
180センチの私より、彼はさらに大きい。
「いまどこにいるの?」といいながら、名刺を出してきたので交換し、
すばやく名前と会社名を見たものの、さっぱりわからない。
隣には大きな彼よりさらに大きな若者がいて、せがれだという。
適当に話を合わせ、「失礼します」とその場を後にした。
会社に帰って、名刺にある会社を検索してみたのだが
手がかりになるものは何もなかった。
「独立した」と言っていたが、とにかくなんにも思い出せなかったので、
仕事に戻った。
しばらくして「お客さまが来ています。アポなしということですが、どうしますか?」と、女子社員がその人の名刺をもって聞きに来た。
名刺の名前を確認すると、なんとなくその名前に覚えがあるので会うことにした。
顔をみたら知っている人で、今はある会社で企画を立てたりしているという。
知り合ったころはお互い別の会社にいたのだが、
私がこの会社にいることを知っていて、
近くに来たので訪ねてくれたのだ。
会ったのは10年ぶりぐらいだった。
その日は、仕事を終えたあと会社のみんなとマージャンをすることになっていた。
若い人はあまりやらないので、宅を囲むのも年に1回あるかないか位なのだが、
この日は「退職する人のお別れの会」も兼ねていた。
退職する彼はオリンピックへの出場経験がある超一流のアスリートであったが、
引退を決めた後、新しい人生を歩むために会社をやめることにしたのだった。
夕飯を食べ終わったころ、私の携帯が鳴った。
仕事で使っている方で、登録されていない番号が表示されている。
雀荘の中だし、知らない番号だし、どうしようか迷ったけれど、
出てみたら古い知り合いだった。
彼とは20年ぐらい会っていなかったと思うが、その声を聞いた瞬間、
昼間の立派な男性が誰だったのかを思い出した。
二人はどこかで一緒に飲んでいて「きょう、イマイくんに会ったよ」と、
いうことで電話をしてきたのだった。
私は若い頃に数年間だけアメリカンフットボールのチームに所属していた。
体格のよい男性は、そのときの先輩だった。
特別仲が良かったわけでもない。
なんといっても、チームを離れて30年くらい経つが、
以来1度も会ったことがない。
当時の私は明らかな長髪だったのに、今は相当短くしている。
イメージは全く違う。
なのに、30年ぶりに会った私のことを覚えていてくれた。
名前まで。
この日のマージャンは4回のトップと2回の二着だった。ばかつきである。
雀荘を出たときにはすでに朝日が昇ろうかというころで、
自宅への帰り道はちょうど朝日に向かって走る感じだった。
ハンドルを握りながら
「人が死ぬときは懐かしい人が挨拶に来てくれる」という話を思い出した。
滅多に勝てないマージャンで大勝ちさせてくれたのも、
何か冥土のお土産に思えてきた。
このまま死ぬのかなあと、
見納めになるかもしれない太陽に向かってひたすら車を走らせたが、
なんということなく40分ほどで、無事家に着いた。
記憶に残る、1日だった。