東京まで77.7マイル

思いつくこと、思い出すこと、思いあぐねていること。それから時どきワイヤーワーク。

リライトってしますか?(M)

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前に書いた記事に、

ときどき「はてなスター」が付くことがあります。

この、過去記事についた「はてなスター」って

はてな」さんからの連絡がなければ、

たぶん気がつかないものです。

過去記事を毎日チェックするなんて、

到底出来ませんからね・・・。

なので、この仕組みはとてもありがたい。

 

昔の記事を読んでもらえるって、

たまたま読んだ最新記事に、

何か惹かれるところがあって、

ちょっと前のものも読んでみようってことだと思います。

最新記事に続いて読んでもらえることもあるし、

思い出したように古い記事を尋ねてもらう場合もあるでしょう。

ひとつの記事はそれ自体で独立しています。

だけど、もう少し長い文脈の中で読んでもらえれば、

書き手として、なお嬉しいものです。

 

「昔ばなし」ならともかく、

日々揺れ動く気持ちを綴っている記事もあります。

たったひとつの記事で

「この人は、こういう人か」

と断定されてしまうのは、

なんだか残念です。

 

だとすれば、ある記事を公開するときに、

記事によっては

「本記事を読む前に、

 この記事とこの記事を読んで下さい」

と書いておいたらどうなのでしょうか。

読み終えた記事の最後に、

「これも良かったらご覧下さい」

というのは見かけるけど、

「最初にこれを読んで下さい」

って、ないような気がします !・・・・・気がする ?

って書きながら、思い出しました。

そのパターンってありますよね。

たぶんいっぱいある。

 

なんですぐに思いつかなかったのかというと、

「最初にこれ読んで」って書いてあると、

面倒になって読まない自分がいるからですね。

失礼しました。

自分がしないからといって、

人がしないかはともかく、

「やらず」に「やって」というのは、

虫が良すぎるというもの。

なので「これ読んでね」は、

自分のブログではなるべく慎みたいと思います。

 

それはともかく、

過去記事に新たにスターが付いた時点で、

改めて自分でもその記事を読み直してみます。

記事数が100を越えた辺りから、

何を書いたか把握できなくなっているので、

なんだか新鮮なんですね。

不思議なのは、

むかし書いた記事のほうが、

よく書けてるって感じること。

最近書き方が乱暴になったとは思えないし、

文章力が落ちたとも考えにくい。

(注:もともとない)

そもそも、むかしと言ったって、

書いたのはわずか数か月前のこと。

 

ところで、

「ときどきリライトした方が良い」と、

多くの方が書かれています。

なのでそういう目で読んでみるけど、

直すことは、ほとんどありません。

 

なんでだろう。

嫌な奴(S)

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ふと思いついたなにげない思いつきが、

何かとてつもなくいいことに思えて、

それなら「こんなことも考えられないか?」と、

さらに新しいアイデアが足されながら、

自分の中で勝手に盛り上がる。

滅多にないけれど、そんなときがある。

脳が猛烈に働きだして、活性化している感じ。

ブレインストーミング」は苦手なはずだけど、

それをひとりでワクワクしながらやっているような感覚。

 

普段は「思いついたこと」を否定する厄介な自分が現れて、

なんだかんだとケチをつけながら、自分を打ちのめす。

最初に思いついたのも自分なのに、

それを別の自分が疑問の形を取りながら、

巧妙に否定して、

「すごい思いつき」と思っていたことは、

あっという間に、

「つまらない思いつき」に成り下がるのだ。

全く嫌な奴で可愛げがないけど、

これも自分なので文句の言いようがない。

考えることは好きだけど、

この厄介な自分が登場すると、

いつだってろくな結論にしかならない。

 

普段はこんな感じだけど、

考えていること自体が楽しいときも、

たまにはあるのだ。

ほんとうに時どきで、一瞬のことだけど、

その瞬間はとても気持ちがいい。

選択的孤独(L)

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「ここまで言ってもだいじょうぶ」っていう、

対人関係のボーダーラインは目に見えません。

なので、気心(きごころ)の知れないうちに、

うっかりそのラインを踏んだり越えたりすると、

「デリカシーのない人」と思われ心象を悪くするか、

場合によっては嫌われてしまいます。

でも、親しくなりたかったら、

とにかく相手のラインの中に入らなければ、

何も始まりません。

 

ラインに色が付いていたらわかりやすいけど、

だからと言って実際にそれが見えてしまっては、

つまらないような気もします。

人生にはドキドキも必要です。

 

そもそもラインは固定されていないので、

日々その人の気分で変わるのが常です。

さらに相手によっても位置を変えるという、

なかなか厄介な代物なので、

いちいちそれを推し量(はか)るのは、

ドキドキするけどちょっと面倒でもあります。

 

元々そんな気質があったのだろうと思いますが、

ここ何年か、いや10年以上かもしれません、

敢えてラインに近づくことを避けてきました。

実際にはラインに近づかなくても、

困ることなどほとんどありません。

とにかく新たな関係性を築く気分にはなれず、

色々なことが億劫になっていたような気がします。

 

そんなプライベートですが、

仕事も含めて他者との関わりというのは、

常に目の前にいる人とのリアルな相対です。

好むと好まざると、日々それが繰り返されていきます。

 

そんな現実的な関係性しか知らなかったのに、

半年前、SNSという新しい世界に飛び込んでみました。

初めてなので何の知識も免疫性もなく、

とにかく手探りでやってきましたが、

少し前、何かを知ったり知ってもらったりする先に、

さらに別の世界があることに気がつきました。

仮想空間にある現実世界とでも

言ったらいいのでしょうか。

それは全く想像もしていなかったことで、

その高揚感に自分でもびっくりしたほどです。

それは、

遠くにいて本当の名前すら知らない人であっても、

何かを通わすことが出来るんだということ。

それが相対で無くても出来るんだということ。

 

書いてみれば、たったこれだけのことですが、

それが驚きというより、とても嬉しかったのです。

 

自らの意思で、ここ何年もの間、

少し心を閉ざしてきた自分がいます。

たまたま今日、

手にした雑誌(PRESIDENT.2019.3.4号)に

選択的孤独という言葉が載っていて、

これに近い感じなのかなと思いながら、

この記事を書き始めました。

 

何かを通わすことは、

何かを分かち合うことなのでしょう。

分かち合えていると感じた瞬間から、

言葉にできない何か暖かなものが生まれ、

その暖かなものが押し込まれていた心にすっと入り込んで、

その頑なな心の扉を開けてしまったかのようでした。

誰かと繋がっているかもしれないと、

それがたとえ思い込みであったとしても、

それによってこれほど心が解放されるとは、

本当に想像すらできなかったことなのです。

 

ありがとうございます。

ブログを書き始めて、ほんとうに良かった。

 

何も足さない?(M)

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相変わらず、このブログの設定は始めたときのまま。

用意されているツール以外は何も足していない。

前にも書いたけれど別に潔いからじゃなくて、

よく分からないのと面倒なのが、その理由。

 

足さないといえば、これ。

サントリーウイスキー山崎のコピーで、

『何も足さない、何も引かない。』を思い出す。

開高健氏の作だと思われているけど、

このコピー、実は西村佳也氏によるもの。

「足さない」のはわかるけど、

さらに「引かない」と言い切るところが、

なんともかっこいい。

そもそもウイスキー作りの過程において、

足したり引いたりとは何を指すのかを

私は知らない。

このコピーはそんな理屈におかまいなく、

作り手の信念だけを言葉にしたような、

力強さがある。

ストレートである。

揺るぎがまったくない。

だから、かっこいい。

 

・・・ブログの話だった。

 

もうすぐ書き始めて丸7か月にもなる。

そんなブログの1日のアクセス数は、

平均すればだいたい50弱くらい。

ときどきだけど100を越えたりもするけど、

なんとか砲とかは縁がないので、

最高でも200アクセスくらいだった気がする。

 

記事を公開しなければ、

2~3日後のアクセス数は、

たちまち10くらいにまで下がってしまう。

「あと何日書かないと訪問者ゼロになるんだろうか」と、

アクセス解析の棒グラフを眺めながら考えたりするけど、

ど~んと構える度胸がないので、

とりあえず何か書いてしまうのが情けない。

 

そもそもアクセス数/日の50というのが、

人数なのか見てもらった記事数なのか、

はたまたページ数なのか、

未だによく分かっていない。

はてなスターを付けて下さった人数と、

アクセス数は必ずしも一致しないので、

読んだ痕跡を残さない人が、

結構いらっしゃるということなのだろうか。

Silent Readerということか。

はてなプロ」にすると、

そういうこともわかるのかな。

 

はてな(アマ)のアクセス解析」では、

少し前の記録は見られなくなってしまうので、

時系列で振り返ることもできない。

 

要するに記事の数だけは増えたけど、

ブログ運営のスキルは全く進歩がないということ。

恥ずかしげもなく「何も足さない」などと、

偉そうなことを言っているけど、

これってほぼ開き直りに近い。

タイトルは「何も足せない」にした方がいいかも。

 

まあスキルはなくても、

何とか書き続けることは出来るんだなってことで・・・。

 

それでは、また。

断に続くのは何だろう(S)

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「しばらくブログは書かない」と決めたあと、

この状態は何と言うのか考えていた。

 

禁酒・禁煙というくらいだから、

「禁なんとか」というのがわかりやすいけれど、

禁のあとの「なんとか」が思いつかない。

 

酒も煙草も嗜好品で、常習性というか依存性がある。

書く(ブログ)という行為にも、

同じように常習性があるのだろうか。

 

ところで「のむ・うつ・かう」と、言うけれど、

「すう」は仲間はずれだ。

「のむ・うつ・かう・すう」とは言わない。

語呂もよくないからに違いないけれど、

たぶん「すう」くらいは、

勘弁してやろうということなのかもしれない。

 

そもそも「まあ、一服してから・・・」と

「まあ、一杯やってから・・・」とでは、

考えられるその場の状況というか、

その後の深まり方に違いがある感じがする。

予感といったらいいのだろうか。

グラスを合わせた後に展開する、

何らかのドラマを想像することはできても、

「まあ、いっぷく・・・」じゃ、

そのあと何にも思いつかない。

 

改正健康増進法により、

努力義務だった受動喫煙防止が義務化される。

IR法案を通すくらいだから

「うつ」はお上のお墨付きをもらった。

なので今後は「うつ」は抜けて

「のむ・かう・すう」になるかもしれない。

 

「うちの主人は“のむ・かう・すう”の

 三拍子揃ったろくでなしで、

 若い頃はずいぶん苦労しました」

みたいな・・・。

 

話が脱線してしまったので禁酒・禁煙に戻します。

 

たとえば断酒と言う言葉がある。

これは自らの意思で酒をやめる感じがして、潔い。

禁酒と言うのはそれに比べて曖昧な感じは否めない。

それにしても断煙というのは聞いたこともない。

「だんえん・・・」なぜだろう…。

 

というか、「禁酒・禁煙」じゃなくって、

“書かない話”だった。

すぐ脱線してしまうのは悪い癖。

「禁なんとか」とか「断なんとか」を

考えていた話だった。

 

しばらく「書かない」と決めていたので、

受動的な感じがする「禁なんとか」より、

能動的な「断なんとか」の方が、

何となくいい感じがしていたけど、

まあどっちにしても、

しっくりくる「なんとか」が思いつかないのは、

センスがないからなのか語彙の少なさなのか、

それともその両方か・・・。

少なくとも、そのとき思いついた幾つかの単語は、

恥ずかしくてとても書く気にならない。

 

それでは、また。

ワイヤーワークと47才の肖像(S)

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ブログのサブタイトルに

「それから時どきワイヤーワーク」

と、書いておきながら、

9月16日の記事を最後に、

ワイヤーワークの「ワの字」も出てこない。

実に5か月間もほったらかしである。

 

これが、読者を守る立場にあるであろう、

はてなブログ運営者」の目に止まれば、

なんらかの指導を受けても仕方がない。

「aha!さん、所属グループを見直しましょう!」

みたいに。

(ちなみに私はハンドメイドグループの住人です)

 

読者登録をして下さった方の中には、

ワイヤーワークに吊られた方もいらっしゃるはずだ。

このままでは看板に偽りアリって感じだし、

書いていて段々申し訳なくなってきた。

 

タイトルの「東京まで77.7マイル」からは、

ブログのテーマや方向性を見つけにくい。

「田舎に住んでいる人が書いてるブログか?」

くらいしか想像できないだろうし、

さらにサブタイトルの前文は、

「思いつくこと、思い出すこと、思いあぐねていること」だ。

唯一具体的な文言が、

それに続く「それから時どきワイヤーワーク」なので、

なんだかペテンにあったようなものだろう。

時どき、と言っておきながら5か月だから。

 

古い記事を読んでいただければ、

ものづくりをしていた時代があったことも書いているけど、

「それってほんとうですか?」の声が聞こえてくる。

何か作って公開すればいいのだろうけど、

正直、全く創作意欲がわかないのだ。

 

ある人に「過去の作品を載せればいいのに」

と、ありがたいアドバイスをいただいたけど、

思うところがあって、気乗りしない。

大事なことは、今だから。

 

このままでは嘘つきだと思われそうなので、

せめてその頃の様子を公開することにした。

以前特集していただいたページの中から、

作品集と文書を抜き、顔写真だけを抜粋します。

掲載は商工前橋No.390(商工会議所発行)です。

 

手にしているのは作りかけのランプ・シェイド。

オープン間近のイタメシ屋さんから、

店内全部の照明を任せて頂いた。

47才当時のものだけど、

ヒゲを取れば今の顔。

イメージ崩れたらごめんなさい。

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ということで、

もう少しハンドメイドグループに入れといて。

おやすみなさい(SS)

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久しぶりに長文の記事を書き上げてから、

1週間が過ぎました。

3,000字を超えたのは初めてかもしれません。

たぶんこの記事は公開しないだろうと思いながら、

何度も何度も読み返しては直しを入れ、

それでもまた読み返して書き直しをする、

そんな1週間でした。

 

その間に、2つの記事を公開しました。

仕事の話と音楽の話。

 

YouTubeで見つけた石川セリの愛らしさに、

ちょっと元気をもらったけど、

どうやら長続きしません。

 

いろいろなことが重なって、

ナーバスになっているのかもしれません。

 

たぶん、

「少しやすめ」ってことなのでしょう。

 

石川セリの「セクシィ」を紹介したので、

きょうは井上陽水の曲です。

ライブ音源ですが、

途中から陽水は泣いているようにも見えます。

これも大好きな曲。

曲名は「おやすみ」です。

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