東京まで77.7マイル

思いつくこと、思い出すこと、思いあぐねていること。それから時どきワイヤーワーク。

記憶にございません(S)

キッチンから何か言っているような声がしたと思ったら、

呆れるほどの笑い声が聞こえてきた。

何だか余程面白いことがあったのか、

何か早口で言っているようだけどよく判らない。

あんまり面白がっているので、

「どうしたん」と聞いても

しばらく笑い続けてようやく治まったと思ったら

実はとんでもないことが起きていた。

 

いちど開けた袋をパチンと止めるプラスチックの道具があり、

食べ残したポテトチップスをしまうときなどに便利である。

みなさんのところにも、一つや二つあるに違いない。

 

時間を1日前に戻す。

昨日は夕方からかみさんが韓国語の教室に出かけて行ったので

夕食は冷凍食品のチャーハンを自分で作った。

500g入りだったので少し残して炒めて、

残りはパチンと締めて冷凍庫に戻したはずだったのだが、

あろうことかキッチンの引き出しに入れたらしい。

要はパチンが入っていたところに、

パチンと締めた冷凍チャーハンの袋を戻したのだ。

 

さっき、たまたまその引き出しを開けたところ、

「あたしに隠してこんなとこにお菓子を入れて・・・」

と、引っ張り出したら溶けてふにゃ~となっている

冷凍チャーハンを、かみさんが見つけたのだ。

咄嗟に何が起こったかよく判らなかったみたいだけど、

住んでるのは2人なので犯人は私しかいない…。

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人の成長とは

「出来ないことが出来るようになる」ことで、

「出来たことが出来なくなること」は老化と言う。

心のどこかで「まだまだ・・・」なんて思ってたけど、

抗えない何かが忍び寄っているような気がしてきた。

 

こんな調子じゃ、

いつまでブログを続けられるか、怪しい気もする。

 

それでは、また。

オリーブの実 2019(S)

今年のオリーブは、なぜか実の付きが良い。

ちなみに、オリーブの木は現在21本。

例年だと実が付くのは数本だというのに、

今年は10本以上に付いたのだから、

記憶をたどってみても、

この20数年で最高ではないかと思う。

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1枚目の写真はBarnea(バルネア)で

次はS.A.Verdale(サウスオーストラリアベルダル)

3枚目はCorreggiola(コレッジョッラ)です。

 

理由は全くわからないけど、

とにかく、実が付くとなんとなく気分はいい。

もっとも、生(な)ったところで

収穫するわけでもない。

ただ、常緑で一年を通して変化が少ない木にとって

実が付くのは絵面(えづら)的に可愛いものだ。

 

そう言えば、去年の今頃だったと思うけれど、

オリーブの塩漬けの作り方を

敬愛するモカリーナさんが記事にされていた。

 モカリーナ (id:mocharina09)

幾つかの方法を丁寧に書かれていたので、

「ちょっとトライしてみようか」と

期待しながら読み進めたものの、

ある程度は手をかけないと無理だとわかり、

不精な私はきっぱり諦めることができた。

ちなみにモカリーナさんのブログは

ハンドメイド がメインなのだが

自作の作品を主人公にしたショート・ショートが

時々アップされ、私はそのファンである。

ほっこりしていて、あったかい気持ちになる。

 

オリーブに話を戻すと、実際には品種によって

「実を食べたい」のか「オイルを抽出したい」のか、

それぞれ適しているのは違うようだけど、

食べないからと言ってオイルを作るのも

同じように大変だろうと想像できるし

要は豊作だといっても取れる量はたかが知れている。

まあ少し生ったからといっても、

結局は何もしないで眺めているのだ。

 

オリーブは幸せを呼ぶ木とも言われているし、

花言葉は「平和」「知恵」である。

ハトは時どき遊びにくるけれど

花言葉を実感できないのは、

本数が足りないのか多すぎるのか、

はたまた別の理由か…。

 

それでは、また。

ドッグドッグ(S)

ブログを書き始めて節目の1年が過ぎた時には

さほど感じなかったことなのに、

季節が進んで肌寒さを感じるようになると

妙に1年の速さが実感させられる。

ここから先はたぶんあっという間で

クリスマスも正月もすぐそこだ。

 

人生100年と言われるようになり、

どうやって日々を過ごせば良いのか

苦行が待ち受けてるかのごとく

「困った、困った」と言う人もいるけれど、

こんな調子で時間が進むのであれば

それが幸せな事かどうかはともかく

100歳になるのももしかすると

あっという間なのかもしれない。

 

健康寿命の延伸は国の掲げる大きな課題だが、

どんな日常生活を送れば

健康長寿が実現するのかと言えば、

結局は適切な栄養と適度な運動、

さらには十分な睡眠(休息)であり、

この3要素はマストである。

 

ところで、あまり知られていないようだけど、

これはそのままペットたちにも当てはまるようで、

犬やネコの平均寿命はここ20年で、

なんと倍になったそうだ。

膨れ上がる医療費に歯止めをかける上でも

予防医療の重要性は益々高まるに違いない。

人間ドックならぬドッグドッグも

近い将来、日常化するのだろうか?

 

それでは、また。

仕事あるある(S)

この季節、各地で様々なイベントが開催されている。

フェアやマルシェやなんとかまつりと、

あっちこっちでお祭り騒ぎだ。

スポーツイベントも観戦だけでなく

市民マラソン大会などの参加型も増えてきた。

 

お出かけ派にとってはどれに行こうか

迷うほどに悩ましい時期だろう。

遠くにある夢の国まで行かなくても、

近場でお財布にやさしいお出かけ先は

いくらでもあるということで、

選択の幅が広がるということは

ありがたいことに違いない。

 

まぁ「色々選べて良かったね」と言う話なのだが、

当然それを提供する側の人間がいるわけで、

それに関わっている人たちは

この時期は休みが取れないほど忙しい。

世間が3連休などと浮かれているのを横目に

「ちぇっ」と舌打ちしながら

不満を募らせている人も大勢いるに違いない。

 

一般的に仕事の忙しさは収入につながるので

機会が増える事はうれしいことだけど、

そうでない場合はいささか違う。

「骨折り損のくたびれ儲け」とは

疲れただけで利益がないということだが、

そもそも仕事とは言え利益を目的としない

啓蒙活動的なイベントもたくさんある。

そんな場合は、何ていうのだろうか?

「儲け」を外し、

単に「無駄骨を折る」というのも

「骨折り損のくたびれ儲け」と言う

何ともリズミカルな響きに比べると味がないし、

そもそも無駄骨と断定するのも憚られる。

 

まぁどうでもいいけど、

ちなみに我が3連休。

当初は全てつぶれる予定だったのが、

2日間の出で収まったのだが、

どちらも午前中だけという中途半端な出であった。

「助かりました」と感謝すべきなのか、

こんな中途半端な出勤じゃ

「振休なんて取れないよな」

と諦めるのか、なんとも悩ましい。

広報部に異動して5年目。

仕事あるあるでした。

 

それでは、また。

ラグビーワールドカップを見終えて思うこと(M)

練習は自分に勝つためにするもので、

試合は相手に勝つためにするものだと言う。

全くその通りだと思う。

何と言っても、

スポーツの目的は「勝つ」ことにある。

ただし「相手に勝つ」ためには、その前に

「自分に勝たなければならない」と言うことだ。

これも良くわかる。

 

ずっと気になっていたのは、

スポーツに打ち込めば人格も鍛えられるという考え方。

これは間違っているというより、

ほとんど迷信なのではないかと思う。

柔道、ラグビー、空手、アメリカン・フットボール

色々なスポーツを楽しんできて、仲間にも恵まれた。

どれもコンタクト・スポーツだったので

もしかすると競技に偏りがあるかもしれないけれど、

とにかく厳しい練習をすれば、

それだけで立派な人間が出来上がると言うのは、

どうも違う様な気がするのだ。

 

誤解を招くといけないので一応断っておくと、

自分を含めて人格者なんてほとんど居なかった(笑)

それって、

「あんたの打ち込み方が、

 中途半端だったからじゃないの」

と言われるかもしれない。

それはその通りだけど、だとすれば

その世界で頂点を極めたアスリートでさえ、

人格者とは程遠い行動で世間を賑やかすことが

多々あるのはなぜだろうか…。

 

ラグビーワールドカップ2019が終わり

気が抜けた様な休日を過ごしていて、

ある記事(読売)の一文が目に止まった。

笑わない男・稲垣啓太選手への

インタビュー記事であった。

最後はこう締めくくっていた。

「・・・今後も結果を残し、選手が人格を含め、

 子供やファンから憧れられる存在にならなければ、

 ラグビー人気は続かないと思います・・・」

この大会に臨んだ選手たちの多くが

「あらゆるものを犠牲にしてきた」と話す中で、

それを支えていたものが、

志(こころざし)の高さなのだと知ったとき、

改めて胸が熱くなった。

人格を作るのは、厳しい練習だけではなく 

志(こころざし)の高さなのだ。

日の丸を背負うとは、こうであって欲しいと思う。

稲垣啓太、カッコ良すぎ!

 

それでは、また。

記憶の引き出し(S)

取引先のところへ向かう車の中で、

地元FM局とAFNを交互に聞いていると、

唐突に「ペットはカーペットの敵」という

キャッチコピーが頭の中に浮かんだ。

 

思わず「ペットはカーペットの敵」と、

口に出して言ってみたものの、

何でそのコピーを思い出したのか、

放送の内容が引き金になったとも思えず、

しばらく考えてみたのだがよく分からない。

大体このコピーは30年位前に聞いたはずだけど、

何の商品に使われたものだったのかも思い出せない。

とにかく、30数年の時を経て、

何の因果かこのコピーだけが、

ぽっと浮かんだのだ。

 

考え様によってはキャッチコピーとして

記憶の何処かで生き続けてきたわけだから、

物凄いチカラを持っていたとも言えるけれど、

もしやこれって何かの啓示なのだろうかと

別の角度から考えてみたものの、

やっぱりというか、見当もつかなかった。

そうこうしているうちに別のことを考え出して、

そのキャッチコピーは何処かに行ってしまった。

 

帰社してデスクワークをしていると、

何か中途半端なままにしている考え事が

あったような気がしてきて、

記憶を辿ってみたけど思い出せなかった。

 

ふと思い付いた言葉や何らかの事が

次々と連想を生み、

「これをネタにブログに書いたら面白いかも」と

ひとりニヤニヤしたりすることはないだろうか?

そんな高揚感も、いいとこ数分くらいで、

数分後にはまた別のことを考えているものだ。

急ぎ殴り書きでメモに取ったとしても

あとで見返してみると何てこともなく、

メモは記事になることなくゴミ箱に行く。

だいたいそれの繰り返しだというのに、

仕事を終え帰宅する車の中で、

なぜか、もう一度蘇ってきた。

 

なかなか、しぶといじゃないか。

「ペットは、カーペットの敵」

 

それでは、また。

その1曲(S)

結論が出ることはないことを分かっていても、

時々考えたくなることがいくつかある。

例えばこんなこと。

 

独り無人島に行くことになったとして、

「1曲」だけ持っていくとなったら

何を選ぶかというような…。

多分、多くの人が同じことを

考えたことがあるのではないかと思う。

 

「その1曲」は、

設定する(された)状況によって変わるだろうから、

細かく設定するのも楽しいのだが、

基本的には本人にとって望ましい状況ではなく

「行く」というより

「行かされる」という設定で考えたい。

とりあえず、生きていく上で

最低限必要なモノはあるけれど、

それを超えるものは何も持っていない状況。

そこで「ひとりぼっち」になるのだ。

 

洋楽か邦楽か?

ボーカル曲かインストルメントか?

ボーカルが入るとしたら、男性か女性か?

どんな歌詞がいいか?

ジャンルは?

曲調は?

そもそも「その1曲」こそは

自分が一番好きな曲(歌)ということなのか?

 

急に思い立って書き始めてみたものの、

やっぱり今日も「その1曲」は選べなかった。

みなさん、いかがでしょうか。

 

それでは、また。