おとこ友だち(L)
代々木ゼミナールに通っていた頃(要は浪人中)、
勉強はそっちのけで麻雀ばかりしていた。
同郷の同級生が借りているボロアパートだけでなく、
時どき歌舞伎町界隈の雀荘でもやっていた。
その日も日付が変わったというのに、
しばらくジャラジャラした後、
始発の電車が動き出すまで、
雀荘から歩いてすぐの公園で時間を潰すことにした。
アルコールは入っていない。
実際に麻雀をしていたのは4人の男の子で、
そのうちの1人は同級生。
女の子は自分の連れだった。
公園は薄暗く、
あちこちに植えてある大きな木が、
さらに見通しを悪くしていた。
はっきりした記憶はないけれど、
気がつくと数十メートル先に、
学ランを着ている大学生たちがいた。
20人くらいだった気がする。
どっからどう見ても、
関わりたくない人たちだったので、
目を合わせることもなかったはず。
なのに、そのうちの何人かがすっと近づいてきて、
無言で退路を塞いでしまった。
何かやり取りをしたような気もするのだが、
なにも覚えていない。
あっという間に転がされ、
蹴りの集中砲火を浴びた。
なぜか、当ててきたのは全て下腹部だった。
這いつくばった地面から見上げた人も景色も、
全く思い出せないのは、
たぶん固く目をつぶっていたからなのだろう。
数分の出来事だったような気もするけれど、
流れた時間の感覚も全く覚えていない。
恐怖の中にあっては、
そういう感覚を麻痺させる力が働くのかもしれない。
それでも彼らが仲間の所に戻る時に言ったセリフだけは、
今でもはっきり覚えている。
「俺たちは夜の新宿警察だ」
彼らが去った後、駅まで無言で歩いて、
そこでみんなと別れてそれぞれのアパートに帰った。
連れの女の子が付いてきてくれたけど、
何を話したのか、全く思い出せない。
痛みが尋常ではなかったし、
そもそも蹴られたのは大事な箇所だったのだ。
恐る恐るトイレに入り、
トランクスを下ろして自分のものを見たとき、
「あ~俺の人生は終わった」と思った。
そう思った記憶だけは残っているのだ。
それは内出血していて、
信じられないような様になっていたのだった。
連れの女の子を横に眠ったのか、
じゃあねって帰したのか、
全く記憶にない。
そんな夜から数えて20年くらい経った、
仲間内のある飲み会で、
彼がその日のことを急に話し出した。
その日の夜、やられたのは私だけだった。
そもそも、
どうして自分だけがやられたのかというのも、
彼の話を聞いて「そうだったんだ」と納得した。
囲まれた時に、
私がファイティングポーズを取った途端、
袋叩きにあったということだった。
争う気なんて全然なかったはずなのに、
自分の記憶には全くない・・・。
私は、幼稚園児の頃から柔道の道場に通い出し、
中学はそのまま柔道部に入部した。
高校ではラグビー部だったし、
夜は空手の道場にも行っていた。
だけど選手としては全くパッとしなかったし、
花の応援団みたいな人たちに、
立ち向かうほどの根性など、
これっぽっちも持ち合わせていなかった。
殴り合いの喧嘩など、
したいとも思わなかったし、したこともない。
そもそも一対一でも歯が立たないくらいは、
直感的にわかるというものだ。
さらに相手は複数どころか、
本隊まで控えているのだ。
「女の子を守ろうとしたみたいだった」
と彼に言われたけど、正直それは相当怪しい。
とにかくあまり思い出したくない思い出だから、
他の友だちに話したこともないし、
いつの間にか忘れていたことなのだ。
そんなことより、これが一番大事なことだけど、
そのときなんで誰も助けてくれなかったんだとは、
微塵も思わなかった。
後になっても、そう考えたことなど一度もない。
やられたのが自分じゃなく彼だったとしても、
自分が何かできたとはとても思えないから。
なのに彼は、私がやられているのをただ見ているだけで、
何もできなかったことをず~と気にかけていたのだった。
それがず~と負い目になって残っていると話してくれた。
あの夜から、何百回も会っているのに、
ずっと言えなかったに違いない。
「許してくれ」と言われて、
正直なんと答えたのかも覚えていない。
だけど、そのあと飲み干した酒の味が、
格別だったことだけは間違いない。
公園での出来事は、ほとんど忘れちゃったけど、
グラスを傾けたその日のことは、
今でもときどき思い出す。