東京まで77.7マイル

思いつくこと、思い出すこと、思いあぐねていること。それから時どきワイヤーワーク。

男と女(LL)

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浪人生として東京に出て半年くらい経った頃、

地元にいる友達から

「彼女が他のオトコと遊んでるよ」と忠告された。

当時付き合っていた女の子は、

自分が東京に出た後も、地元に残っていたのだ。

彼女は言ってみれば初恋の相手で、

中2くらいからの付き合いだった。

 

忠告してくれたのは彼女の女友達だったので、

普通は内緒にしておきそうなものだけど、

遊んでる相手がよっぽど悪いやつだったのか、

その女友達が気に入らないオトコだったのか、

それとも自分のことを心配してくれたのかは、

よく分からない。

付き合っていたとはいえ、

離れた環境に身を置いた時点で、

何となくそのまま自然消滅になるような、

そんなふわふわした感じの頃だった。

 

「浮気してるよ」と言われて、

どんな感情が湧いたのか、

今となってはよく覚えていないけれど、

とにかくそのことで彼女を咎めたり、

さらには「振る」こともなかった。

 

少しして、彼女が東京に出てきた。

「こっちにおいでよ」と誘ったわけではないが、

とにかく追っかけてきたのだ。

当時、自分は京王線の「桜上水」にいたのだが、

同じ沿線で、ふた駅新宿寄りの、

「明大前」に越してきたのだった。

彼女の部屋探しを手伝った記憶も、

引越しを手伝った記憶もないので、

全部内緒でやったのだろう。

そのあたりの記憶がはっきりしないのだが、

全部済んでから連絡をしてきたような気がする。

記事の最初に書いたことを考えれば、

彼女は何らかの負い目を感じていたのかもしれないし、

自分のところに転がり込む訳にも行かなかったのだろう。

 

しかし、越してくれば一緒にいる時間が多くなる。

近いとは言え、アパートを2つ借りているのも、

何だかもったいない。

なので、少し広いところへ一緒に引っ越すことにした。

18歳の幼稚な知識として、家族向けの部屋を借りるには、

結婚していないと借りられないのではないかと考え、

安物の結婚指輪を買って不動産屋に行った記憶がある。

「夫婦です」と指輪をわざと見せながら借りたのだが、

今考えればそんなママゴトは見破られてたに違いない。

今は色々うるさいけれど当時は結構いい加減で、

書類を出せとも言われなかった。

引っ越したのは「吉祥寺」のマンションだった。

 

彼女は駅ビルの中にあった化粧品の店に勤め始め、

社会人となった。

自分は毎日ぷらぷらしている学生だった。

 

そんな2人のなんちゃって夫婦は、

突然、終わった。

一緒に住み始めて2年くらい経ったある日、

「出て行って欲しい」と言われたのだった。

喧嘩をすることもなかったので本当に突然だった。

今、改めて考えてみると、

その前兆を全く感じ取ることができなかったのは、

ちゃんと彼女に向き合ってなかったからに違いない。

先に社会に出て、色々な苦労もあっただろうに、

それを想像することも、相談に乗ることもなく、

毎日好き勝手なことをしていれば、

愛想を尽かされても仕方がない。

彼女が同じ職場の人を好きになったというのを、

友達から聞かされたけど、

それはだいぶ後になってからだった。

苦労しないでプラプラしていたら、

まぁこうなるものだ。

それでも当時は相当ショックで、

色々女々しいこともしたが、

彼女の決心は変わらなかった。

結局、程なくして東中野にアパートを借り、

彼女とは別れた。

 

それから17~18年くらい経ったある日、

「彼女が店を出したよ」と同級生が知らせてくれた。

当時、私は地元に帰っていて、すでに結婚していた。

長女が小学校に上がる前くらいだっただろうか。

店というのは飲み屋で、ママさんをしているという。

「バックがいるみたいだ」とも言っていた。

教えてくれた同級生は何度か遊びに行ったようで、

「彼女、会いたがってたよ」と言われたが、

別れ方が酷かったので行く気にならなかった。

 

店のことを聞かされてから2年くらい経った頃だろうか。

当時、私はアメリカン・フットボールをやっていて、

その忘年会だったかなにかの飲み会があった。

一次会が終わり、次の店に行くという誘いを断って、

家に向かいながら急に「その店」のことを思い出した。

「もう、ないかもな」

と思いながら、前に聞いた通りに歩いて行くと、

店の看板に灯がともっていた。

入ると大きなカウンターがあって、

先客はひとりもいなかった。

彼女はカウンターの中から

「まあ…ひさしぶり。よく来てくれたわ…」と、

ちょっとびっくりしたような表情で、

カウンターの真ん中の席を勧めてくれた。

頼んだ水割りを素早く作ると、

「ちょっと待ってて」と言って、

彼女はカウンターの奥に入った。

すぐにハンドバックを抱えて出てきたのだが、

そこから大きな長財布を取り出し、

そこに入っていた小さな一枚の写真を、

グラスの横にそっと置いた。

それは19歳の頃、

2人で新潟の海に行った時のもので、

写っているのは自分だった。

その店で、その時なにを話したのか、

全く記憶がない。

ただ、お代わりをすることなく店を出て、

そのあと涙が止まらなかったことだけを覚えている。

 

その店に行ったのは、

それが最初で最後だった。